社会保険労務士(社労士)と弁護士は、企業の人事労務や労働問題に深く関わる専門家ですが、その役割や業務範囲には明確な違いが存在します。

また、これら二つの資格を併せ持つ「ダブルライセンス」は、より多角的なサポートを可能にし、専門家としての市場価値を高める強みとすることが可能です。

本記事では、社労士と弁護士のそれぞれの役割や業務範囲、年収や試験難易度の違いを徹底的に解説。ダブルライセンスがもたらすメリットについてもご紹介します。

社労士と弁護士の主な違いとは?

役割の違い

弁護士の役割:法律事務全般と紛争解決の代理権

弁護士は、法律の専門家として、法律事務全般を取り扱います。

その職務範囲には、訴訟事件、非訟事件、審査請求、行政庁への不服申立てなど、多岐にわたる法律事務が含まれ、その権限に制限はありません。

特に重要な役割のひとつが、紛争解決における代理権です。トラブルが顕在化した場合、弁護士は当事者を代理して相手方と交渉し、合意に至らない場合は訴訟や労働審判などの法的手続きを通じて問題を解決へと導きます。

企業法務の分野においては、人事労務問題だけでなく、契約書チェックからM&Aまで、幅広い場面で戦略的な法務サービスを提供することも弁護士の役割です。

社労士の役割:労務管理・社会保険手続きの専門家

社労士(社会保険労務士)は、労務問題や社会保険の問題に特化した専門家。

業務の目的は、「労働及び社会保険に関する法令の円滑な実施に寄与するとともに、事業の健全な発達と労働者などの福祉の向上に資すること」です。

具体的な役割としては、企業における社会保険や労働保険に関する問題、給与計算、就業規則の作成や変更、年金相談など、日常的な労務管理や社会保険に関する手続きの専門家として機能します。

公的年金に関する唯一の国家資格であり、年金相談業務もその重要な役割のひとつです。

業務範囲の違い

弁護士の業務範囲

弁護士の業務範囲は、法律事務全般に及びます。

おもな業務は以下のとおりです。

  • 訴訟事件、非訟事件、審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為
  • その他一般の法律事務

このように、弁護士は労働分野や社会保険分野を含むあらゆる法律事務を取り扱うことができ、その権限に法的な制限はありません。

企業法務においては、紛争解決だけでなく、契約書チェックやコンプライアンス体制の構築といった予防法務、さらにはM&Aなど多岐にわたるサービスを提供することが可能です。

社労士の業務範囲

社労士の業務範囲は、社会保険労務士法第2条に具体的に規定されています。

おもな業務は以下のとおりです。

  • 労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成や提出手続きの代行
  • 雇用や人材の能力開発に関する助成金の申請
  • 労働者名簿や賃金台帳の調整、就業規則や36協定の作成や変更などの帳簿書類の作成
  • 雇用管理や人材育成に関する相談、人事・賃金・労働時間の提案、経営労務の監査などの労務管理の相談指導
  • 年金の受給資格の確認、裁定請求書の作成や提出などの年金相談業務

これらの業務は、企業が日常的に労務を運営する上で必要となる手続きや相談が中心となります。

特に社員数が多い企業や出入りの激しい企業では、これらの手続きを社労士に外注することで、ミスや抜け漏れを防ぎ、業務負担を軽減することが可能です。

紛争解決における代理権の有無

弁護士は、法律事務全般を取り扱うため、労働分野や社会保険分野におけるあらゆる紛争解決において、当事者の代理人として活動する権限を持ちます。

これには、従業員との示談交渉、民間紛争解決手続(ADR)、労働審判手続、さらには訴訟手続の代理が含まれます。

また、集団的労使紛争(労働組合との団体交渉、労働関係調整法上の紛争調整手続、不当労働行為救済申立手続、取消訴訟手続)においても、弁護士は制限なく代理人として活動することが可能です。

一方、社労士の紛争解決における代理権は限定的です。特定社労士でない一般の社労士は、紛争解決の代理権を持ちません。

特定社労士は、厚生労働大臣が定める研修を修了し、紛争解決手続代理業務試験に合格することで、ADR(裁判外紛争解決手続)代理業務を行うことができます。

しかし、その業務範囲には制約があり、例えば紛争の目的価額が120万円を超える場合は弁護士が共同受任している場合に限られます。

また、ADR手続を利用している場合でも、その開始から終了までの間に限って代理活動が可能であり、手続外での示談交渉の代理や和解契約の締結はできません。

労働審判手続や訴訟手続においては、特定社労士であっても当事者の代理人として活動することはできません。

裁判所に出頭し、弁護士である訴訟代理人とともに陳述する補佐人としての業務は許されていますが、単独で法廷に立つことはできません。

弁護士資格を持つ社労士であれば、補佐人として弁護士とともに裁判所に出頭する必要はなく、単独で法廷に立つことが可能です。

年収の違い

厚生労働省の提供する職業情報提供サイト「jobtag」によると、弁護士の平均年収は765.3万円です。

弁護士の年収は年々減少傾向にあると言われることもありますが、一般的なサラリーマンの年収と比較すると、依然として高額です。独立して軌道に乗れば、1億円を超える可能性もあります。

一方、社会保険労務士の平均年収は、jobtagによると903.2万円でした。

社会保険労務士も独立して個人で働く場合と、会社や事務所に所属して働く場合とで所得に大きな差が生じる傾向があります。

他の士業と比較して男女別の年収差が少ないことから、女性にとってもキャリアアップしやすい職業であると言えます。

試験難易度の違い

社会保険労務士試験の合格率は例年4〜6%と、非常に低い水準です。

一方、弁護士資格を得るための司法試験の合格率は例年30%程度となっています。

合格率だけを見ると社労士試験よりも高く見えますが、これは司法試験を受験するまでに法科大学院修了や予備試験合格という高いハードルが存在するためです。

受験資格を得るまでのプロセスを含めると、弁護士資格の取得は高い難易度といえます。

特筆すべき点として、弁護士資格を有する者は、社労士試験を受けることなく、社労士連合会の社労士名簿に登録することができます。

社労士法3条2項には、「弁護士となる資格を有する者は、前項の規定にかかわらず、社会保険労務士となる資格を有する」と定められています。

そのため、司法修習修了生であれば、この難関である社労士試験を突破することなく、社労士としての登録が可能です。

弁護士にとっては社労士資格の取得は「コストパフォーマンスの良い選択」といわれることもあります。

社労士と弁護士のダブルライセンスのメリット

弁護士と社労士の資格を併せ持つ「ダブルライセンス」は、専門家として多岐にわたるメリットをもたらします。

専門領域を超えた総合的なサポートができる

弁護士と社労士のダブルライセンスによって、企業法務や労務問題における専門性をさらに高め、競合との差別化を図ることができます。

弁護士は法律全般の専門家であり、社労士は労務問題や社会保険問題に特化した専門家です。専門知識を組み合わせることで、顧客に対してより総合的かつ多角的なサポートを提供できます。

たとえば、企業が労働問題に課題を抱える場合、初期的な労務管理や社会保険手続きは社労士の専門分野ですが、紛争が顕在化した際には弁護士の代理権が不可欠となります。

ダブルライセンスを持つ専門家であれば、予防段階から紛争解決、さらには再発防止策まで一貫してサポートできるため、顧客は複数の専門家を探す手間を省き、安心して依頼することが可能です。

異なる専門知識と強みを持つ両者がタッグを組むことで、より質の高いサービスを提供できます。

付加価値が付いて転職活動で有利になる

社労士と弁護士のダブルライセンスは、自身の市場価値を大きく高めます。

たとえば、弁護士が社労士資格を取得した場合について考えてみましょう。

社労士の業務範囲には、労務管理や社会保険手続きが含まれるため、この知識を持つ弁護士は、企業法務や労働問題における専門性を具体的にアピールすることが可能です。

これにより、企業法務を扱う法律事務所への転職や、インハウスローヤー(企業内弁護士)としての転職の際に非常に有利になります。

労働相談を多く受け付けている法律事務所への転職においても、プラスアルファの材料として高く評価されるでしょう。

また、中小企業と顧問契約を締結する際にも役立ちます。

企業は「労働問題について安心して相談できる弁護士だ」と信頼を寄せ、より円滑な契約締結につながる可能性もあるでしょう。

ダブルライセンスはキャリアに付加価値を与え、専門家としての選択肢を広げる強力なツールです。

トラブルの未然防止と迅速な解決に貢献できる

弁護士と社労士のダブルライセンスは、トラブルの未然防止と迅速な解決に大きく貢献します。

社労士の専門知識があれば、労務管理上の潜在的なリスクを早期に発見し、紛争が顕在化する前の段階から、より深い視点での予防法務策を講じることが可能です。

たとえば、就業規則の作成や変更、労務管理の方法に関するアドバイスなど、紛争化の危険のある場面で、両社の専門性も併せ持つことで、より包括的かつ実践的なアドバイスを提供し、トラブルを未然に防ぐことができます。

万が一トラブルが顕在化した場合でも、弁護士の持つ強力な代理権と社労士の労務に関する深い理解が結びつくことで、迅速かつ効果的な紛争解決を実現できます。

社労士は、クライアントがトラブルに巻き込まれた際に弁護士を紹介することが一般的ですが、ダブルライセンスを持っていれば高品質なサービスを提供できます。

顧客にメリットを与えることで、専門家としての信頼を一層確固たるものにするでしょう。

【ケース別】社労士に相談すべきケース

社労士は、主に日常的な労務管理に関する事項や社会保障制度全般に深い知見を持つ専門家です。

日常的な労務管理業務のサポート

企業の日常的な労務管理において、社労士は大きな助けとなります。

社会保険・労働保険に関する手続き

会社が従業員を雇用する際には、社会保険(健康保険・厚生年金保険)と労働保険(労災保険・雇用保険)への加入が義務付けられています。

これらの手続きは専門的な知識を要し、煩雑な場合も少なくありません。

社会保険・労働保険に関する手続きは、社労士の得意分野。自社で対応する労力を削減したい場合や、手続きにかかる人件費を抑えたい場合には、社労士に手続きの代行を依頼することが適切です。

これにより、企業は労務管理の負担を軽減し、本来の業務に集中することができます。

給与計算に関する相談

従業員に支払う給与の計算は、労働基準法や会社の就業規則など、様々な法令や規定に基づいて正確に行わなくてはなりません。

特に残業代の計算は複雑になりがちで、ミスが発生すると従業員とのトラブルに発展する可能性もあります。

給与計算に関する細かい計算やルール設定については、社労士のサポートを受けるのが一般的。社労士は関連法令や社内規程を踏まえ正確に計算し、具体的な事情に即したアドバイスを提供します。

社会保障制度全般に関する相談や指導

社労士は、社会保険や労働保険にとどまらず、社会保障制度全般について深い知見を有しています。

社会保障制度に関する疑問点が生じた場合、具体的な手続きの必要性があるかどうかにかかわらず、社労士に相談してアドバイスを求めるのがおすすめです。

たとえば社労士の業務範囲には、年金の受給資格確認や裁定請求書の作成、提出なども含まれます。公的年金に関する唯一の国家資格である社労士は、年金に関する専門的な相談や説明を行うことが可能です。

【ケース別】弁護士に相談すべきケース

弁護士は、人事労務に関する事柄を幅広く取り扱い、特にトラブルの予防や実際に発生したトラブルへの対応を得意とします。

労使間の紛争が顕在化しているケース

従業員との交渉や訴訟、労働審判が必要な場合

従業員との間で既にトラブルが顕在化している場合には、弁護士への相談が適切です。

法的紛争における代理人は弁護士に限定されているため、企業と従業員の間で交渉が必要な場合、または労働審判や訴訟といった法的手続きが必要になった場合には、弁護士が中心となって対応します。

労働審判は、労使紛争を迅速に解決することを目的とした法的手続きであり、原則として3回以内の期日で審理が終結します。

初回の期日までの準備が非常に重要となるため、弁護士のアドバイスを受けながら、会社側の主張を補強する証拠を揃え、法的に合理的な主張を組み立てる必要があります。

労働審判に対して当事者が異議を申し立てた場合には、自動的に訴訟へ移行することにも注意が必要です。

訴訟は、裁判所の公開法廷で行われる紛争解決手続きであり、最終的に裁判所が判決によって結論を示します。

訴訟においても、会社側の主張を裏付ける十分な証拠を揃えることが極めて重要であり、弁護士の専門的な知見が不可欠で。

解雇・残業代・ハラスメントなどの個別労働紛争

残業代の未払い、不当解雇、パワーハラスメント、セクシャルハラスメントなど、会社と従業員の間で具体的な労働紛争が発生した場合には、弁護士に対応を依頼するのがおすすめです。

弁護士は、労使間の紛争解決に関する業務を制限なく取り扱うことができるため、会社の代理人として適切に対応することで、労使紛争の早期解決に貢献します。

近年、労働者の権利意識の高まりに伴い労働問題がトラブル化するケースが増加しており、紛争化を予測して早めに弁護士に相談することが、企業の損害を最小限に抑える上で重要です。

労働問題の予防法務

労働問題が発生した後だけでなく、未然に防ぐための「予防法務」も重要です。

契約書や社内規程のリーガルチェック

雇用契約書や就業規則、各種社内規程など、労使関係における権利義務に関する文書の作成やチェックは、弁護士の得意とする分野です。

これらの文書に不明確な部分や法令に照らして無効な条項が含まれていると、将来的に労使紛争が生じる原因となります。

弁護士にリーガルチェックを依頼することで、不適切な条項を事前に発見・修正してもらい、労使紛争の予防につなげることが可能です。

これにより、企業は法的リスクを低減し、安定した労務環境を維持することができます。

最新の法制度を踏まえた労務管理に関するアドバイス

労働問題を未然に防ぐためには、日常的に専門家へ相談し、トラブル発生前の段階から適切な対処を行うことが大切です。

特に、紛争化した場合の解決方針を見据えたアドバイスは効果的であるため、弁護士に相談することが推奨されます。

弁護士は、最新の法制度や裁判例を踏まえた労務管理に関するアドバイスを提供し、企業が適切な対応を取れるようサポートする存在です。

これにより、予期せぬトラブルの発生を防ぎ、円滑な企業運営を実現できます。

総合的な社内体制の構築とコンプライアンス強化

企業の成長には、トラブルを防ぐ「守りの法務」だけでなく、より良い組織づくりを目指す「攻めの法務」も不可欠です。

労働法令における規制や、その他のコンプライアンス上のリスクなどを踏まえた総合的な社内体制を整備したい場合には、弁護士への相談が推奨されます。

弁護士は、複雑な状況を整理し、多岐にわたる種類の書類作成をサポートすることに長けています。

近年では、リモートワークや限定正社員など、新たな働き方が生まれており、人手不足を克服するために女性や高齢者、外国人など多様な人材の活用も求められています。

これらの新しい分野の法制度や裁判例を熟知した弁護士でなければ、適切な労務管理を遵守しながら社内体制を構築することは困難です。

弁護士は、攻めの姿勢で企業経営を円滑に進めるための重要なパートナーとなるでしょう。

まとめ

社会保険労務士と弁護士は、ともに企業の人事労務や労働問題に携わる専門家ですが、その役割と業務範囲には明確な違いがあります。

社労士は、主に社会保険・労働保険手続きや給与計算、社会保障制度全般に関する日常的な労務管理のスペシャリスト。一方、弁護士は法律事務全般を扱い、特に労使間の紛争が顕在化した場合の交渉や訴訟の代理権を持つ、紛争解決の専門家です。

弁護士が社労士のダブルライセンスを持つことは、顧客に対して専門領域を超えた総合的なサポートを可能にし、弁護士自身の市場価値を高める大きなメリットとなります。

それぞれの専門家の強みを理解し、思い描くキャリアに合う資格取得を目指しましょう。